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鞭打ちの後遺症に対する新しい考え方―脳脊髄液減少症−
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交通事故による鞭打ちやスポーツによる転倒などで頭を強打し、頭痛や首の痛みがだんだんと悪化したまま、なかなか良くならないことがあります。レントゲンやCT検査のほか、それぞれの臓器の詳しい検査をしても特に異常は見られないため、精神的なもの、気のせいと診断されることが多く、泣き寝入りしておられる方もおられます。その原因のひとつとして最近、「脳脊髄液減少症」がトピックスになっています。

医師の間でもこの病気の知名度は極めて低いためにトラブルが多くなっています。患者さんは少しでもよくなることを期待していろいろな病院や整骨院などを巡り歩きドクターショッピング、病院ショッピングを繰り返していらっしゃる話もよく聞きます。


1.鞭打ちとは

近年、わが国では年間100万件以上の交通事故が発生しており、日本のどこかで30秒に1件の交通事故が発生していることになります。交通事故にあった人が全員、鞭打ち症になるわけではありません。一方、交通事故以外でもスキーやスノーボード、ラグビーなどといったスポーツのように身体に外部からの強い衝撃が加わると、鞭打ち症になる危険性があります。鞭打ち症という言葉は、衝撃により身体が鞭のようにしなり発生するという外傷の起こり方からきました。医学的には、首の筋肉や靱帯、頸椎のクッションの役割をしている椎間板などが衝撃でいろいろな方向へ伸びたり、断裂するためにおこる症状を「頚椎捻挫」と呼び、鞭打ち症とほぼ同義語で使っています。わが国では一般に、鞭打ち症は大半は1〜3ヶ月、少なくとも半年間で治ると考えられており、それ以上かかる場合は、精神的なものとして片付けられてしまっていることが多いようです。


2.脳脊髄液減少症
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図1

この病気は2000年1月ごろ、はじめて話題になりました。交通事故による鞭打ちやスキーなどのスポーツでの接触事故、落下など体の激しい衝撃のほか、くしゃみやお産でも脳脊髄へ負担がかかり、脳脊髄液減少症が起こることがあると考えられています。

脳脊髄液減少症の原因は、脊髄の中の髄液を溜めている硬膜に穴が開くことによって髄液が漏れ、頭の中の髄液が減少します。脳や脊髄は髄液の中に浮いている状態ですので、水位が下がると脳や脊髄自体も下垂するため脊髄から出ている各神経根も下に引っ張られるようになり、それがいろんな症状を引き起こします。これは以前から「低髄液圧症候群」という病名で呼ばれていましたが、現在では髄液圧は正常なケースも多く、脳脊髄液が減少するためにおこる疾患と考えられています。

脳を豆腐に、硬膜を器に、脳脊髄液を水にたとえてみましょう。硬膜という器の中に脳脊髄液が入っていて、その中に柔らかい脳が浮かんでいる状態をイメージしてください(図1)。脳が入っている器にひび割れがあって中に入っている脳脊髄液が漏れだすと、大脳や小脳が沈み込み器にぶつかって頭蓋骨の底にぶつかり、何かしらのダメージが出現します。このため、頭や首の痛み、視力障害、めまいなどさまざまな症状がおこります。


3.脳脊髄の構造と髄液の働き
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図2

脳と脊髄は、外側から順に硬膜、くも膜、軟膜に包まれています。このうち、くも膜と軟膜の間を流れている透明な液体が髄液で、脳と脊髄を浮かべて外部の衝撃から守るクッションの役割を果たしています。

頭の中は脳の周りが髄液で満たされ、脳は髄液の中に浮かんでいるような状態になっています。髄液がはいっている内腔を髄液腔と呼んでいますが、これは頭から脊椎へとつながったパイプ状になっており、このパイプの中に約150mlの髄液があります。髄液は1日に500ml産生され、頭から腰まで1日に3回循環されます。通常、髄液はある一定の量を保ち、その圧力で脳を支えるクッションの働きをしています。硬膜はこの髄液を漏らさない役割を担っています。

髄液は神経の新陳代謝やホルモンの運搬など重要な役割を果たしており、神経組織のエネルギー源となっています。この髄液が不足すると、新陳代謝が行えず、神経痛や偏頭痛などが出現、次第にホルモンバランスまで崩れていろんな心身症の症状を引き起こします。

長い間、鞭打ちの症状に悩まされている患者の多くは、いろいろな病院を訪ねては「肩こりや異常なし」と言われ、必要のない薬を長年処方され続け、副作用でも苦しんだり問題のないヘルニアを手術したりして、よけい症状が悪化したり、挙げ句の果てには「気のせい、精神的なもの、うつ病」と診断された方もおられるようです。悩まれている方は整形外科、脳神経外科、接骨院、治療院、鍼灸、カイロプラクティックなど、実にいろいろな治療を受けられる方が多いと聞きます。


4.検査および症状

脳脊髄液減少症の診断は、@頚椎のレントゲン、A頚椎のMRI、B脳の造影MRI診断(頭部を撮影すると、大脳の位置が下がり、頭頂部の硬膜と脳のすき間が大きくなっていることがある)、CRI(アイソトープ)脳槽撮影(髄液に造影剤を注入し一定時間ごとにその流れを観測することで漏れなどを発見する検査)の4つの検査法を組み合わせて行われますが、診断はなかなか困難なことがあります。

脳脊髄液減少症に共通する症状として、以下のような症状をあげることができます。

  1. 激しい倦怠感、脱力感、気力・集中力・思考力・記憶力の低下
  2. 睡眠障害、うつ状態、めまい、立ちくらみ、耳鳴り、吐き気
  3. 頭痛、頭重感、首・背中の張りと痛み、腰痛、四肢のしびれ、知覚の低下

横になっているときは脊髄圧が一定に保たれています。脳脊髄液減少症は、脳脊髄液が大概は硬膜のピンホールから漏れていることが多く、特に立っているときは絶えず漏れているために症状が強くなると考えられています。逆に横になると軽快することがあると言われています。これまでは脳脊髄の手術後や腰椎麻酔の後に出現することは知られていましたが、最近では鞭打ち症の後遺症としてこの疾患が注目されるようになりました。


5.治療法

今のところ確立された治療法はありませんが、以下のような方法が行われています。

1)安静臥床

硬膜の穴から髄液が漏れてしまうため、出来る限り寝た状態で安静を保ちます。

2)点滴治療

吐き気、めまいが強いとき、食事がとれないときの脱水治療のほか、髄液を作るためにも点滴治療は有効であるといわれています。

3)ブラッドパッチ法

患者さん自身の血液を硬膜外腔というスペースに注入するもので、この血液に糊の働きをさせて硬膜の穴を塞ぎ、髄液の漏れを止めます。正式には硬膜外自家血注入法(epidural autologous blood patch[EBP]) と呼ばれています。一般に硬膜は脳や頚椎部位より腰部の方が薄くなっており、多くの患者で腰部から髄液が漏れることが多いといわれています。腰椎でのブラッドパッチは約20〜40mlの血液をおよそ5分かけて注入しますが、頚椎・胸椎の場では硬膜外腔が腰椎に比べて狭いので10〜15ml程度の血液で済みます。また注入量は女性なら20ml、 男性なら30ml程度と男女差もあります。治療後3日間は点滴を行いながら、できるだけ横になります。退院後も1〜2カ月は安静にして髄液の漏れ部分をふさぐことがとても大切です。

ブラッドパッチ法は現在、最も有効な治療法と考えられますが、その成功率は約80%です。1回の治療で治るのが理想的ですが、1回で症状がすこぶる改善するのは2割弱です。また、穴があいている硬膜の場所が腰椎の場合、硬膜外腔がかなり広いので1回程度では効果が不十分なことが多いのに対して、頚椎・胸椎は、硬膜外腔が狭いため1回のブラッドパッチ法で改善しやすい傾向があります。一般に頭痛は早くから改善しますが、記憶力・集中力低下や倦怠感の改善にはやや時間がかかります。

4)手術(切開)

硬膜の穴が開いている箇所を直接手術し、穴を塞ぐ方法です。


6.気圧の変動が影響する

飛行機の離陸で急に機内の気圧が低下したり高い山に登る時は、脳脊髄液減少症の症状が悪化する可能性があります。水分を十分にとり、可能なら横になることで症状の悪化は避けられでしょう。また、低気圧が近づくと髄液を入れている空間(髄膜腔)が広がり髄液の水位が下がってしまうため、相対的に頭蓋内髄液がさらに減少して症状が悪化すると考えられています。


7.日常生活で気をつけること

鞭打ち症からの回復を阻害する要因として、胃腸症状や精神的ストレスによるうつ傾向などが挙げられます。胃腸症状の改善は治療として重要です。髄液を産生するには脳の脈絡叢の細胞機能が活発である必要があります。栄養不足、ビタミン不足では髄液産生機能が低下しますので、胃に負担をかけない食事、胃酸を増やさない食事に心がけるべきです。胃粘膜保護剤などの胃薬も有効です。コーヒーや強い香辛料、脂肪分の強いもの、チョコレート、アルコールなどはできるだけ控え、消化のよい食事をよくかんでゆっくり食べましょう。


8.最後に

交通事故の後遺症が長引く原因として心因性とか補償金目当てとかさまざまなことが言われてきました。まさか脳脊髄液減少症という病気があるとは誰も考えていませんでした。残念なことに医師や医療関係者も今のところ、この疾患の存在を認識していないばかりか、この治療法としてのブラッドパッチ法は保険適用が認められていないため、病院によって費用に格差がみられます。


医療法人 将優会クリニックうしたに
理事長・院長 牛谷義秀
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